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喜助の牛たんよもやま話

常禅寺店

喜助の牛たんよもやま話

こんにちは。徒然なるままに、仙台の牛たんや喜助の牛たんについて、おしゃべりさせていただきますね。
どうぞお付き合いくださいませ。

本日は、「仙台名物牛たん焼」の始まりについてお話ししましょう。
今では、お料理のひとつとして、牛たん焼は皆さまに愛されるようになりましたが、仙台名物と申しましても、仙台の地場産品でもございませんし、伊達政宗さんの頃からのふる~い郷土料理でも、実はございません。
始まりは、今からおよそ70年以上前にさかのぼります。

時は、第二次世界大戦中の頃。その頃、屋台で焼きとり屋さんをされていた親方がいらっしゃいました。
しお味の美味し~い焼きとりで、たいそう人気だったそうですよ。
でも、戦後は食糧難で、焼きとりの材料となる鶏肉もなかなか手に入らなくなったそう…。
そこで、親方さんは、ご自分のご出身、お隣山形県に出向かれて、鶏肉の代替えになるお肉はないかと探したそうなんです。
そうしましたら、なんと、食べらずに捨てられていた「ウシの舌」があったそうなんです。
もともと、宮城県のお隣の山形はどちらかと言うと牛肉を良く召しあがる土地柄。
有名な「米沢牛」の産地でもあるんですね。

そうそう、余談ですが、宮城県や山形県の秋の風物詩でもある「芋煮会」。
小春日和の気持ちのいい日に、川原で芋煮鍋をみんなで楽しむ行事ですが、この「芋煮」の材料が、宮城県と山形県ではちょっと違うんです。
宮城県は、豚肉にじゃが芋、白菜、ごぼう、にんじんなどの野菜をたっぷり入れて仙台味噌で味付けした、豚汁風。山形県は、牛肉に里芋、こんにゃくなどシンプルな材料にしょうゆで味付けしたもの。
お隣同士で、しかも同じ「芋煮会」でも、お鍋の中身は全く違うんです。
知ってました?と、お話しが少々脱線しちゃいましたが、山形では昔から家庭料理の中に牛肉を使ったお料理が郷土料理と食べられていたんですね。
でも、「お肉」の部分のみを食べていて、内臓はあまり食べられていなかったんですね。
あ、「舌」は、内臓に分類されているんですよ。
最近では、内臓もホルモン焼きとかモツ煮とか、美味しいお料理が増えてきましたよね~。

お話しをそろそろ戻しましょう。
焼とり屋さんの親方さんは、若かりし頃、戦時中に東京で、お料理の就業をなさっていて、その時に、タンシチューをつくるフランス人のシェフから、牛たんの味、美味しさを教わったそうなんですね。
「では、鶏肉がないなら、焼きとりの代わりに、牛たんを焼いてみようか」と思われたんでしょうかねぇ。
ただ「焼く」と言っても、それはそれはいろいろと大変な試行錯誤を繰り返されたことと思います。
今、ウチのお店の牛たんが網の上にあがるまでの、自社工場での職人さんたちの仕事を思っただけでも、ホント、親方さんの美味しい牛たん焼を目指したそのご苦労に敬意を表します。
それだけ、美味しい牛たんを仕込むのって大変なんですよ。
ま、このお話しは別の機会に是非聞いてくださいね。
こうして、親方さんのご苦労があって、食べられずに処分されていた牛の舌が、美味しい「牛たん焼」になったというわけです。
そうして、親方さんは戦後少したったころに仙台で「牛たん焼」のお店を始められて、「仙台牛たんの発祥」となったとお聞きしております。

それから約30年。
昭和50年1月1日に、現在の『一番町本店』の地に、『味の牛たん喜助 一番町店」が創業いたしました。
おかげさまで喜助は今年で40周年を迎えることができました。
ありがとうございます。
ひとえに、牛たんファンの皆さまのおかげでございます。改めて感謝申し上げます。

さて、その頃は、親方さんが牛たん焼をはじめられて約30年程経っておりましたが、仙台でもまだ2、3軒ぐらいしか牛たん焼き屋さんがなかったそうです。
しかし!「牛たん焼は美味しい!」というのは評判で、ウチの現会長(大川原 要)も親方さんの牛たん焼の味に魅せられ、惚れこみ、「この美味しさをもっともっと広めたい」という思いで、ついに脱サラをして、さらに当時大学生だった現社長(大川原 潔)とともに開業したのです。
実は、まだまだ牛たん焼はそんなにメジャーではございませんでした。
地元の方々からしたら、牛たん焼きって郷土料理や家庭料理ではありませんし、しかも牛たんって、豚肉や牛肉と違ってなかなかお肉屋さんにも並んでいませんでしたからね。

開業後、店には、現会長の古くからの友人でいらっしゃった、水戸黄門役で知られる名優・西村晃氏や鶴田浩二氏、建設大臣を務められた地元宮城の代議士・内海英男氏、茶道の裏千家家元・千宗室氏をはじめとする隆々たる方々が日本各地から足しげく来店され、熱い応援を頂きました。
当時、世の中は高度経済成長期。
お店には単身赴任の男性のお客さまが多くお見えになっておりました。
牛たん焼きってお酒の肴にはもってこいですし、もともと牛たん焼は、定食が定番なんです。
牛たんでお酒を楽しんだ後、締めに麦めし、テールスープ、おしんこで、お夕飯。
そんな感じでご来店頂く、単身赴任のサラリーマンのお客さまでお店はにぎわっておりました。
そして、その方達が地元にお帰りになったり、他の土地へ転勤になった際に、「仙台に美味しい牛たん焼きがあるぞ」って、口コミでだんだん広めてくださったんですよ。
そのおかげで、5年後の1980年には2店舗目となる『駅前店』を、仙台駅の目の前に開業するまでにいたりました。
その駅前店のオープンの時に、初めて、看板に「仙台名物 牛たん」と掲げました。
それが、実は、『仙台名物』としての始まりと言われているんですよ。
地元の方にはちょっとピンとこなかったかもしれませんが、現社長の大いなる野望とでも言うのでしょうかね。
「牛たんを仙台名物に育てあげるぞ!」という、強い意気込みで掲げさせていただきました。
さらにちょうどその頃、ディスティネーションキャンペーンもスタートしました。
旅行と言ったら、やっぱり、美味しい物を食べるという楽しみがありますよね。
でも、宮城や仙台には美味しい季節の海の幸、旬の山の幸はたくさんあったんですが、なかなか一年を通して楽しめる宮城のグルメ、仙台のグルメがなかったんです。
そこで、いつでも味わえる牛たん焼にスポットがあたりまして、本当にだんだんと、じわじわと、「仙台名物牛たん焼」として皆さまに愛されるようになっていったんです。
今で言う、「B級グルメ」のはしりとでも言うのでしょうかね。

さて、今日はここまで。
また、おみょうぬづ、おしずかぬぃ(喜)

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